昭和31年の住宅地図を見ると、今はマンションとなっている場所にかつて「大勝館」という映画館があった。
しかし、この通り沿いにはヌード酒場は見あたらない。
昭和31年地図
そこで昭和37年地図を見ると、大勝館の斜め向かいに千代田劇場も開館し、通りの黄金町寄りには「ヌード酒場・セントラル食堂」その隣に「ビリヤード金鈴」の記載が見える。
昭和37年地図
ちょうど昭和31年地図では「アルサロ青い鳥」と「キャバレー処女林」があった場所である。
ちなみにアルサロ(アルバイトサロン)は、これまで風俗を本業としていた女性ではなく、本業を他に持つ素人女性が副業としてこの業界に進出した初めての事例である。
内容は現在も存在するピンクサロンの源流とされ、誕生は昭和25年頃大阪の千日前との説が有力で、昭和28年に東京で第一号の「赤い靴」が開店し、料金の安さから全国に怒濤のごとく増えた。
ヌード酒場・セントラル劇場は、昭和31年~37年の間に出来たことが分かった。
また、店を知っていた人に聞くと、店の奥にはステージがあって、そこで専属ダンサーがストリップを踊っており、ステージ以外は普通の居酒屋で客はストリップを見ながらラーメンもすすっていたらしい。
幕間には、踊り子さんがお酒のお相手を務めてくれたとか。
確かに写真を見ると入口に大衆食堂らしいガラスの見本ケースがある。
さて、このヌード酒場、閉館日はよく分からないのだが、結構最近まであったようである。
現在は写真の通り、駐車場になっている。
同位置からの現在
ちなみに、昭和31年地図の大勝館の向かいにある喫茶・百人は、10年ほど前まで存在しており、私も橫浜日劇の映画鑑賞と共に何回か利用した。
メニューに「ほうとう」があり、店内はコンクリート打ちっ放しの床に木製のテーブルが置かれ、石油ストーブが焚かれている渋い店だったが、店主が老齢でまもなく閉店し今は駐車場となっている。