2012年9月30日日曜日

異人たちとの夏 ~浅草への旅6

六区の街を歩きながら、緊張感から解放された私は、まったくの腰砕け放心状態だった。

雨が上がり後の蒸し暑い空気が、私にまとわりつくと、やがて自分を取り戻した。
予定外に映画館を早く出てしまったので、ここは旨いものでも食べて気を取り直そうと思い、六区の裏側にある浅草でも有数の行列が出来る店「洋食のヨシカミ」に並んだ。
開店と同時に満員になるヨシカミには、洋食を学ぶ若いコックが大勢おり店内は活気に満ちている。看板メニューのハヤシライスを食べその後、喫茶「ブロンディ」でゆっくりとアイスコーヒーを飲んだが、余裕が出来るとまたあの恐怖が襲ってきた。

そうこうしているうちに13時を過ぎたので浅草ロック座へと向かった。
建物の二階に上がると既に7割方席は埋まっている。
常連は朝から入口に並び、中央のかぶりつき席を取り、お気に入りの踊り子にお土産や花なんぞを渡すようである。もちろん出遅れ組の私はステージ向かって右端後方に座わった。

間もなく照明が落ち、爆音と共に耳をふるわす音楽が流れ、カクテル光線が飛び交う中、本日出演の踊り子とバックダンサーたち11名が一斉に踊りながら出てきた。

ストリップは横浜の黄金劇場で何回か見ているが、さすがに場末臭さは感じさせず、ドライアイスや可動式のステージなど圧倒的で、なんとも洗練されたエンターテイメントショーである。
まぁ何よりも、平均年齢50以上の黄金劇場と比べ、出演している踊り子やバックダンサーが全員若い。ステージの上でピンク光線に照らされた踊り子の体の曲線美が官能的である。
 
やがて踊り子7名の1時間40分のショーが終わり、そして同時に今回の旅が終わった。
 
劇場を出て六区から仲見世を歩き、青空にそびえ立つ東京スカイツリーを遠くに眺めながら浅草を後にした。

あの夏に出会った人々・・・寿司屋の老いた親父さんと常連、焼き肉屋のおばあさん、映画館の前で独り言を言って去っていった人、定食屋で一人冷や奴を食べビールを飲んでいた人、懸命に話す落語家、ピンク色に染まった踊り子・・・そして映画館のホモおじさん。

今思い出すと、何やらこの中の誰かがこの世の者でなくとも不思議ではないような気がしている。
















来年の夏には、あの地下の映画館は跡形も無くなっているに違いない。
 
 「あの暗闇のおじさんたちは何処に行くのだろう」などと、すっかり秋めいたこの頃、ふと思う時がある。






























2012年9月23日日曜日

異人たちとの夏 ~浅草への旅5


三日目は、かの有名なストリップ劇場「浅草ロック座」を見て浅草の旅を締めたいと思っていた。

朝は小雨模様だが、空は明るく昼頃には上がるらしい。
前日同様、喫茶「ブロンディ」での朝食ついでにロック座前で公演時間を見ると初回は午後13:00からとのこと。
ホテルのチェックアウトは10:00なので3時間近くは余裕があることになる。
浅草の映画館は名画座の他に成人映画館があるので、試しに入ってみることにした。
かつては横浜にも成人映画館が数館あったが、時代の流れからここ数年で閉館が相次ぎ、残るは野毛の光音座のみとなっている。
かくいう私も成人映画館には入ったことがなかったので、何事も体験と思いながら自販機でチケットを買い「浅草シネマ」の狭い階段を下りた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

館内は長い年月を経た老朽感があるが、意外と小綺麗で席にはビニールカバーが掛けられており、既に10人程度の老齢の観客が中程や前方に座っている。
私は映画を見るときはどの映画館でも同じ場所に座るが、今回もスクリーンに向かって最後部の左端に座った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
若干の緊張感を持ちながら、席から映画館の内部を観察していると、後から入ってきた背の高い痩せたおじさんが場内をうろうろしながら席を盛んに移っている。時折後方に立ってタバコを吸って内部を眺めている(基本的には消防法で場内は禁煙である)。
なにやら怪しい行動だが、昔の伊勢佐木町の映画館にもこのような意味不明な人はいたので、とりあえずスリに会わないよう気を引き締めた。まもなく怪しいおじさんは中程の席に座り、映画が始まった。

昔の映画であろうか、バチバチと画像が乱れスクリーンに投影された映像は、フィルムの色が退色しており全体的に青白い。モノラルの音楽と共に喪服を着た未亡人の女がどこかの墓地を歩いている姿を遠くからカメラが追っている。
成人映画は2本立てが基本のため、上映時間は6080分程度で終わる。やがて他愛のないストーリーの未亡人物が終わり、場内が明るくなった。スクリーン横のトイレに入り、用を済ますと先ほどの怪しいおじさんが鋭い目つきで入口に立っている。何だろうと思いつつ席に戻った。そして映画が始まる直前、怪しいおじさんは再び私の席の反対側後ろ角に立った。

程なく場内が暗くなった。そこにどこからか他の男がやって来て後ろに立った。すると例のおじさんがさっとその男の前に立ち、向かい合って何やらゴソゴソしている。

間違いない!!ここはホモのハッテン場である!!

横浜の光音座も同じ状況であることは話では聞いていたが、聞くのと実際現場を見るのとは大違い。猛烈な動揺で心臓の鼓動が早くなった。すると最後部座席で私の反対側に座っていた人が、きょろきょろと後ろを見ており、私同様に気になっているのかと思いきや、その男も席を立ち後ろへ向かった。
すると、おじさんが獲物を狙うような素早さでその男に向かい、先ほど同様ゴソゴソし始めた。間違いなく私の真後ろで行われている。

この状況下でいかに行動すべきか?頭の中がぐるぐると回転した。
まだ2本目の映画が始まってわずか10分未満。後部座席にいれば何が起こるか分からない。これからの1時間はどうあがいても耐えられないだろう。やはりここは速やかに席を立ち、映画館から脱出すべきだと一気に思考が働いた。

幸いなことに私の席は一番出口に近い。カバンを持ち、意を決し席を立って、普通の歩く早さで出口に向かった。

すると間違いなく私の左側の暗闇の中に例のおじさんが向かってくる気配がする・・・
 
まさに恐怖!!!
 
しかし間一髪、私はドアを開けて外に出た。
この時ほど、映画館の外の明るさがまるで天国のように感じられたことはない。

階段をゆっくりあがると、頭上は太陽の明るい光が漏れていた。
階段下のもぎりのおばちゃんが何事もなかったかのように

「ありがと~ございます」と私に声を掛けた。

外に出るとすっかり雨はやんでおり、夏の強烈な光が顔に当たった。
 
 

2012年9月16日日曜日

異人たちとの夏 ~浅草への旅4

かき氷を食べ終え「芳野屋」を出て、再び浅草の商店街を歩いた。
乾物屋だの何やらインチキくさい絵画を売る店などを冷やかし「そういえばこの近くの老舗プロマイド屋・マルベル堂へ10年前に彼女と来た」などとたわいのない話をした。
マルベル堂は昔と変わらない姿で残っていた。店を覗き無数の写真をめくり、別段ファンでもないのだが何となく若かりし頃の山口百恵と和服姿でドスを構える緋牡丹お竜こと富司純子のプロマイドを購入した。

夜は黄金町聴き舎の田村マスターが浅草に来るとのことで、ダッチコーヒーの有名な喫茶店アンヂェラスで一服した後、西村さんは浅草演芸場へ向かい、私は18:30に雷門で田村さんと落ちあった。















 
仲見世は、何も知らない観光客を尻目に慌ただしく店じまいの支度をしており、参道の上空はすっかり濃い群青色に変わっていた。


 
本日の夕食の舞台であるすき焼き「今半別館」はこの仲見世通り奥の裏手にある。今半別館は「異人たちとの夏」のラストで風間杜夫と鶴太郎夫婦が夕暮れ時に別れる悲しくも切ないシーンで登場する(ただし実際撮影されたのは入口のみで、内部はセットで撮影された)。
今回の旅の最後の夜に相応しい場所であると思い、前々から田村さんを誘っていたのである。















今半別館は木造建物で中庭があり、それを囲むように個室が並ぶ料亭風の作りで、昔の建物のせいだろうか全体的にゆったりとした空間である。

仲居さんに案内され2階の個室に通されると何となく和風旅館に似た雰囲気である。
お盆の浅草の喧噪とは別世界で、ある意味異次元のような静寂の空間であり、映画のようにここで霊と人間が交流していてもおかしくもない。
痩せた体に和服をぴしっと着込んだ仲居さんは凛とした雰囲気で、無駄話もなくテキパキと鍋を用意し、最初の肉を調理した後、さっと部屋を出て行いった。

いつもの黄金町ではない場所で、田村さんと東京の街の話をしながら、最高級の松坂牛のすき焼きをつつくのも普段と違って面白いものである。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


 その後、二人の共通の友人である織田さんが銀座に来ているという連絡があり、折角なので店の外で合流した。

飲み屋以外の店はほとんど閉まっており、暗くネットリとした静かな街を三人で歩いた。
とりあえずゆっくり話が出来る場所ということで、私推薦の本日3回目の喫茶ブロンディへ入り、アイスコーヒーやらパフェなどを皆で適当に頼んだ。途中、演芸場での鑑賞を終えた西村さんも加わり、あれこれシリアスな話からたわいのない話をしているとブロンディの居心地の良さもあり、時間は既に11:00をまわっていた。

三人を浅草駅まで送った後、宿泊する私はゆっくりと余裕を持ちながら、心地よい夜の街を歩きホテルへ戻った。
 













長い二日目が終わった。

もちろん翌日の午前中にこの旅で最大の事件が待っていることは知る由もない。
 


 

2012年9月9日日曜日

異人たちとの夏 ~浅草への旅3

二日目

先日の新聞にこの秋に浅草の映画館がすべて閉館するという記事が載っていた。
浅草は日本初の常設映画館が出来た場所で明治初期から興行街として発展したが、ついにその浅草から映画館がすべて無くなる(これは歴史的な事であると個人的に思っている)ので、一応今のうちに見ておこうと思っていた。
現在浅草に残る映画館は、邦画三本立ての浅草名画座、洋画二本立ての浅草中映劇場、成人映画館の浅草新劇場と世界館、浅草シネマの5館である。
前日、映画館前でプログラムを見ると、浅草名画座で、10時開始で高倉健、勝新太郎、梶芽衣子主演の「無宿」、「男はつらいよ 寅次郎の休日」、「昭和残侠伝 唐獅子牡丹」の三本立てがあるので、適当に飽きるまで見ることにした。














朝食は演芸場の向かいにある喫茶店「ブロンディ」でモーンングセットと決めていた。
「ブロンディ」はたけしの浅草キッドでも登場するが、浅草芸人がよく利用する喫茶店でもある。朝9時頃、おもむろに店の戸をあけて中に入ると意外と奥は広く、テーブルの配置もチェーン喫茶店のような詰め込み感が無い、適度に落ち着ける空間である。
数人の先客もそれぞれ間隔を保ちながら新聞を広げていた。

店内は特別に芸人のサインもあるわけでもなく、昔と変わらないごくごくあたりまえの毎日が繰り返されている空気感があり、それが何故かボーッとするのに居心地がよい。

トーストとゆで卵を食べて、天井からつり下がるテレビのワイドショーの画面を無意識に眺めながら、アイスコーヒーをすする夏の朝はなんとも贅沢な時間である。



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
開演20分前に映画館に向かい、外観を写真に撮っていると、浅草でよく見かける風情のおじさんが私の横に並び、

「この映画館も閉館か~、東京の三本立て映画館はこれで全部無くなっちまうな~、壊してももうここには映画館はできねぇだろうな~」と独り言のように話して去っていった。
 















映画館に入ると館内は意外と広く、既に高齢者中心に20名ほどが席に着いていた。
ほどなく灯りが落ちて「無宿」が始まったが、途中から入ってくる者、缶ビールを“プシュ!”と音を立ててあける者、シネコンでは気になる場面だが、ここではこれもある意味日常である。二本目の「男はつらいよ」が始まる頃には結構人が入って来た。
浅草で寅さんを見るのはなかなかオツなもので、寅さんの古くさくも普遍的な「人としての筋」や「生きることの不器用」さは、この年になるとその意味が身にしみる。
とここで、友人の西村さんが浅草に着いたらしい。2本を見て映画館を後にした。

演芸場の前で落ち合うと、とりあえず昼飯とのことで、再び目の前の「ブロンディ」で冷やしラーメンを食べて浅草の街にくり出した。

特に予定も決めておらず、照りつける日差しも厳しくなってきたので、何かよい場所はないかと思案すると、そういえば花やしきには一度も入ったことがないことに気が付いた。以前、花やしきのローラーコースターは、セットの家すれすれに通る演出が面白いと聞いていたが、場内は夏休みの家族連れで結構な混み具合。約40分並び2分ほどのコースターを体験して外に出た。















花やしきのすぐ隣に「芳野屋」という老夫婦が営むなんとも昭和風情の定食屋があるのだが、丁度“かき氷”の文字が風に揺れていたのでここで休憩。

店内は、10畳ほどの狭い空間で凹凸のあるコンクリート床に、折りたたみ式の定食屋テーブルが置いてある。
既に黒く日焼けした顔、白いTシャツと短パン姿の浅草でよく見かける風情の男が、一人冷や奴をつまみながらビールを飲んでいた。
その隣のテーブルで、二人してかき氷をシャカシャカと崩していると、西日の差す店内はゆっくりと時が過ぎていった。