2012年9月2日日曜日

異人たちとの夏 ~浅草への旅2


焼き肉屋を出ると、すでに街は薄暗くなっていた。
一度ホテルに戻り、午後7時の部の20分前辺りの頃合いがよい時間に、再び浅草の街に出て、風間杜夫も食べていた日之出煎餅で堅焼きを買って、演芸場の木戸をくぐった。
 













浅草演芸場はかつてあった昭和の映画館や昔の歌舞伎座と同じような匂いがする古ぼけた建物で、入口正面にはモギリ台、右手には売店、左手は2階への狭く急な階段があり、1階へはモギリ台の左右横から、赤いビニール張りの戸を押して入る。

映画では、風間杜夫は1階左列後ろから5番目に座っていた。折角なので私も同じ席をと思ったが、すでに1階はほぼ満席である。演芸場は朝から入れ替えなしなので、休日ともなればそれなりに混んでいるようで、結局2階に上がって見ることにした。

出し物は落語や漫才、コマ回しなどの座敷芸、マジックなどである。
各15~20分程度だが、劇場内には演劇とも違う不思議な間がある
良い意味で見せ物的ないかがわしさを持ちつつ、高いクオリティーを提供するという、緩い中にも緊張感があるのは演芸場の特徴かもしれない。
ここに出演するにはそれなりの実力が必要なのだろう、クスリと笑わせる私好みの芸が心地よい時間を与えてくれた。

演芸場の建物内にはもう一つ漫才専門の東洋館という劇場があるが、漫才専門になる前は浅草フランス座というストリップ小屋で、ビートたけしなどの浅草芸人を輩出したのは有名である。今回旅の友にたけしの自伝著書「浅草キッド」を持ってきたが、演芸場に出演する若い漫才コンビを見ると、若きたけしの奮闘を重ね合わせて何となく切なくなるから不思議だ。

夜の講演のトリは林家正蔵である。
東京の演芸場は、浅草以外に池袋、新宿、上野にあるが、正蔵曰く
「浅草の演芸場は独特の雰囲気があるので一番好きで、落語界の歌舞伎座とも言えるこの古い建物のせいなのか分かりませんが、浅草のお客様が一番近く、そして温かさを感じさせてくれるのです」



すべての演目が終わると夜9時。
映画の中でも鶴太郎が演芸場を出て街を歩きながら「浅草の夜は早くていけねぇや」と言い放つが、建物の外に出るとそのとおり浅草の街は夏のネットリとした暗闇に包まれていた。
昼間の人の多さが信じられない、まるで異次元に迷い込んだような寂しさで、このコントラストは東京の他の盛り場にはない独特のものである。 
映画の中で、演芸場を出て夜の浅草を親子二人で歩く場面は、私の最も好きなシーンで、振り返った鶴太郎の後ろにピンぼけした浅草のネオンが映るカットは秀逸である。

この日も思わず、演芸場を出てから夜の六区、花やしき周辺、浅草寺などを歩きながら写真を撮って、短くも長い一日目が終了した。